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Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その24) [ウォーゲーム]

 前回に続いてLast Blitzkriegにおける12月22日の米軍増援部隊第2弾として、歩兵師団以外の部隊を見ていこうと思います。
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 この日に登場する機甲師団は2個、まず上の第4機甲師団は「パットンのお気にいり」と呼ばれた精鋭部隊で、史実ではドイツ軍に包囲されたバストーニュへの突破口を切り開いた部隊として有名です。
 編成は先に登場する第7機甲師団とほぼ同じですが、詳細を見ると駆逐戦車大隊は第7がM36を装備しているのに対してこちらはM18ヘルキャットのようです。
 また、米軍現用のM1戦車シリーズの愛称となっている「エイブラムス」はこの師団の1指揮官の名称に由来しますが、そのタスクフォースのみARが5と高く評価されているのが興味深いです。
 本作ではこの師団はバストーニュの真南に位置する幹線道路に登場しますが、上述のTFエイブラムスともうひとつTFジャックは、12月25日にやや西寄りの地図端に遅れて登場します。
 ヒストリカルノートによると先に登場した各TFによる攻撃が失敗した後、第2波として投入された上記の2個TFがバストーニュへの突破を果たしたのだそうです。
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 さて、このターンに登場するもうひとつの機甲師団は、セルでドイツ軍の同じ番号の装甲師団と交戦したことで知られる第2機甲師団です。本作では北方のリエージュ周辺から戦場へと登場します。
 この師団は戦車数の多い42年型編成なのですが、前にご紹介した同じ編成の第3機甲師団と比べると、かなりユニットの構成が異なっているようです。
 第3機甲師団は3つある機械化歩兵大隊のうちのひとつを、いくつかの戦車大隊に分散配属してデュアルユニット化していていましたが、第2機甲師団ではこのような編成をとっていないため、戦闘ユニット数が機械化歩兵大隊の分1個多いかわりにデュアルユニットは偵察大隊のみとなっています。
 また、機械化歩兵大隊の移動力が第3機甲師団では14なのに対して16と高いですが、これらの大隊には装甲値がない、つまり戦車を有していないわけです。つまり第2機甲師団の各ユニットは諸兵科連合編成を一切行っていないということになります。
 また、第66戦車連隊の第1大隊のみ、移動力16の「軽戦車(LT)」大隊となっていますが、この部隊は軽戦車1個中隊に、連隊直属のジープ歩兵などを配属した偵察部隊として編成されていたようです。
 なおヒストリカルノートによるとこの師団もCCRは名称のみで、実質的な戦闘部隊はCCAとCCBの2つに編成されていたそうです。
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 このターンには上記の2個機甲師団のほかに、第4機甲騎兵群も登場します。本作には機甲騎兵群は3個登場しますが、この部隊は、初期配置の段階でロスハイム渓谷に配備されている第14機甲騎兵群に続く2つめの騎兵部隊となります。
 戦闘ユニットは3個で、装甲値は低いですがデュアルユニットでARもそこそこ高く快速が持ち味です。
 登場エリアは上の第2機甲師団と同じなので、予備として側翼警戒や緊急事態における穴埋めや火消しに活用せよ、ということなのでしょうか?
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 こちらはやはり22日の増援として登場する、本作唯一のイギリス軍部隊である第29機甲旅団です。
 通常、バルジの戦いを扱ったウォーゲームにはもっとたくさんの英軍部隊が登場しますが、本作では、それらの英軍部隊のほとんどが本作の扱う範囲の後である年明けから戦闘に投入されたうえ、史実ではミューズ川の渡河点ではなく、その背後の開豁地に配備されていたとヒストリカルノートには記載されています。
 万が一ドイツ軍がミューズ川を渡ったならば、平野部へとおびき寄せてから叩く算段だったのだ、ということのようです。
 そして、唯一ミューズ川の渡河点の警戒部隊として前方配備されていたこの部隊のみ、ゲームに登場するというわけです。
 第29旅団は実際には独立部隊ではなく、第11機甲師団の一部らしいのですが、この部隊しか登場しないので独立旅団扱いになっています。部隊は新型のコメット巡航戦車を受領中だったそうですが、ドイツ軍の攻勢を受けて急遽旧装備に戻して戦闘に参加したとヒストリカルノートには書かれています。
 逆に、騎兵の兵科記号を有する第2HHC(ハウスホールドキャバルリー)は独立部隊でしたが、この旅団に配属されていたのだそうです。
 またイギリス軍の機甲旅団は戦車連隊(大隊)3個と機甲歩兵大隊1個が標準編成ですが、ここでは機甲歩兵大隊は中隊毎に戦車連隊に配属されたものとしてユニット化されず、戦車大隊をデュアルユニットとしています。
 各戦車連隊が装備しているのはM4シャーマンですが、イギリス軍では4両に1両の割合で強力な17ポンド砲を装備したファイアフライが含まれているため、装甲値は通常の2ではなく3、射程2が与えられています。


 前回紹介した歩兵師団、および上述の機甲部隊に加え、この日に増援には2個の独立歩兵連隊も含まれています。これも興味深いのですが、長くなってきたので次回見てみようと思います。

Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その23) [ウォーゲーム]

 Last Blitzkriegにおける12月22日の米軍増援部隊は本作のターニングポイントといえるかもしれません。
 まず砲撃ポイントが一気に22ポイントも使用可能となります。それまで砲兵アセットは初期配置時に合計18ポイント、そして18日に3、20日に2、21日に4ポイント登場するだけだったので、このゲームターンに砲兵アセットは27ポイントから49ポイントへと激増するわけです。
 なお、連合軍が使用可能な航空ポイントはそのターンの天候次第ですが、天候決定に判定表ではなく史実の天候を使用した場合は、12月23~24日から航空ポイントが大量に登場することになります。

 地上部隊の増援もこのゲームターンは数多く、歩兵師団4個、機甲師団2個、機甲旅団1個、機甲騎兵群1個、独立連隊2個などとなっています。初期配置の米軍部隊が歩兵師団4.5個、機甲師団、機甲騎兵群各1個なので、この1ターンだけで初期配置の戦力を超える増援が現れるということになります。
 というわけで、数が多いので今回はまず歩兵師団の増援部隊を見ていこうと思います。
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 まず南方の第3軍に所属する第5歩兵師団です。同師団は11月のメッツ攻防戦に投入された攻略主力部隊のひとつで、SPIの「Patton's Third Army」でもメッツ市街のすぐ南側に配置されています。
 パットンは上記の作戦後にこの師団を優先的に補充したらしく、アルデンヌに投入されたときには完全戦力へと回復していたそうです。
 しかし急いで出撃が命じられたのか、このゲームターンに登場するのは第10歩兵連隊と牽引式の対戦車砲大隊だけで、残りは24日に到着します。実際、すべての歩兵ユニットは完全戦力で登場しますが、司令部は強行軍を反映してか疲労0段階となって現れるようです。
 登場エリアはもっとも東寄りのFで、第4歩兵師団を増強することになりそうです。史実でも、当初は第20軍団所属だったこの師団は1月1日には第4歩兵師団と同じ第12軍団へと異動しています。
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 第5歩兵師団と同じくメッツ攻防戦に参加した第80歩兵師団は1944年8月にノルマンディーに上陸してからロレーヌ、ザールと戦闘を続け、4,000名近い損害を補充しているところだったようです。
 第4機甲師団とともに北上を命じられた同師団は、第5歩兵師団の左隣、ディーキルヒ付近で戦場に登場しますが、史実ではドイツ軍の激しい防御戦闘に足止めを食らったとされています。
 同師団の第610駆逐戦車大隊は装甲値4、射程3を有していますがこれは90mm砲装備のM36ジャクソンが配備されていたことを反映しているようです。もっとも、この師団の正面にはドイツ軍装甲戦力はヘッツァー程度しかいないので、実力を発揮する機会はこの作戦中は少なかったかもしれませんけれど。
 なお、この師団も戦車大隊以外は定数を満たしていますが、司令部は疲労0段階で登場、さらに第5歩兵師団同様、1個連隊が24日に遅れて到着します。
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 第26歩兵師団も上記2個師団と同様に第3軍所属の歩兵師団で、1個連隊が24日に遅れて到着する点まで同じです。登場エリアは第80師団のさらに左側で、地図で見ると上記の3個師団はそれぞれ東から第5、80、26の順に並んで現れることになります。
 同師団が欧州大陸に到着したのはノルマンディーの戦いが終わった後の9月で、それゆえ初陣はロレーヌだったようです。そのときの損害は歩兵ではない後方部隊の兵士などで補充されたらしく、この師団のARはこれを反映して第5、第80両師団より1段階低くなっています。
 一方、第328歩兵連隊の第II大隊を基幹として、戦車を増強して編成されたらしいTFハミルトンは、戦術移動力と装甲値を有するデュアルユニットとなっています。
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 上の3個師団は南から登場する第3軍所属部隊ですが、この第75歩兵師団はこのゲームターンに登場する歩兵師団のなかでは唯一の第1軍所属部隊です。この師団がフランスに上陸したのはアルデンヌ攻勢開始3日前の12月13日。第1軍の予備となってさぁ訓練して実戦投入の準備を、と思っていた矢先に作戦に投入され、いきなり武装SSを含むドイツ軍装甲部隊の攻撃を受けて大損害を出したそうです。
 ほとんどが新兵からなる同師団は、本作でもAR2と米軍師団としては壊滅的損害を受けた第106師団と同じく最低ランク。戦闘準備が整っていないことを反映してか、あるいは数日間でフランスを横断してきた強行軍のためか、司令部も登場時点ですでに疲労1段階を被っています。
 史実ではこの師団はウェルボモンとラ・ロシュの間に投入されましたが、戦闘経験がないため、隣接する第3機甲師団の指揮下に置かれていたそうです。


 それにしても、こうした米軍各歩兵師団の編成や戦闘を鑑みると「ドイツ軍戦車がみんなティーガーに見える」とか「霧の中で奇襲を受けて潰走する」「分散配備された戦車が戦力不足で、密集隊形のドイツ軍装甲部隊に突破される」といったいわゆる松本零士マンガ的な米兵のイメージは、アルデンヌ攻勢時に初陣を経験した部隊のエピソードが元になっているのかなーと漠然と感じました。
 それだけ米軍は師団毎に経験も練度も実際の戦いぶりも部隊毎に、あるいは時期毎に異なるような気がします。
 次回は同じ日に増援部隊として登場する機械化部隊と独立部隊を見ていこうと思います。


Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その22) [ウォーゲーム]

 Last Blitzkriegにおける12月19~21日の米軍増援部隊は、師団まとまってではなく五月雨式に地図上に登場してきます。
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 まず12月19日(第4ターン)には、第3機甲師団が一部のユニットを除きごそっと登場します。登場エリアはCCBのみ第30歩兵師団と同じスパの北方、残りはそのやや西より、リエージュの両側(リエージュそのものは地図外)から出現します。唯一、DoanとRichと記された2個TFのみ12月21日に遅れて到着します。
 第3機甲師団はいわゆる1942年型と称される大規模編成の機甲師団で、第4機甲師団以降の1943年型師団と比べ、戦車の数がとにかく多いのが特徴です。
 本作では各ユニットはそれぞれ諸兵科連合のタスクフォースを表していますが、ずらっと眺めただけでも黄色い装甲兵科マークのついたタスクフォースが6個も存在します(しかもステップ数も6~9と多い)。実際、第3機甲師団は戦車大隊6個(第32、33戦車連隊)、機械化歩兵大隊3個(第36歩兵連隊)、砲兵大隊3個という戦車連隊を2個有する編成でした。さらに加えて師団には工兵、偵察、駆逐戦車、そして対空砲各1個大隊も配備されていたようです。
 史実において別行動をとっていたCCBのみ師団とは別に司令部が与えられ、登場エリアも異なる別部隊扱いですが、CCBがいなくても十分強力な師団だといえるかと思います。
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 上の第3機甲師団と同時に登場するのが第84歩兵師団です。この師団は12月19~20日にやはりリエージュ方面から地図上に現れます。
 本作には(第82空挺師団を含めて)80番台の師団が5個登場しますが、その内容や戦績は師団毎にかなり異なるようです。
 第84師団はなかでも平均的な部隊で、10月に増援部隊として前線に送り込まれ、その後の戦闘で若干の消耗を強いられた末、アルデンヌに投入されました。史実ではマルシュやロッシュフォールといったドイツ軍進撃路で第116装甲師団などの前身を食い止めたと、ヒストリカルノートに記載されています。

 ゲームが序盤から中盤へ移行しようというこの12月19~21日には、上記の2個師団のほか、主力がすでに地図以上に存在する第4および第9歩兵師団の一部のユニット、そして戦車大隊、駆逐戦車大隊、独立空挺歩兵大隊がそれぞれ1個ずつ、また軍団直属の砲兵ポイントなども登場します。これらについては項目を改めていずれ見ていこうと思っています。

 12月16日の攻勢開始から、この12月21日あたりまでが、ドイツ軍の進撃を止めようと米軍が増援部隊をかき集めて投入する、という時期となるかと思います。
 これまでの流れでは戦線の北側は第2、第99歩兵師団を第1、第9、第30歩兵師団が増強、中央部では壊滅的打撃を受けた第106師団と第28師団の間隙部を塞ごうとサン・ヴィトには第7機甲師団、バストーニュに第101空挺師団と第10機甲師団CCBが立てこもり、両者の間には第82空挺師団が防衛ラインを形成しました。
 南側は第4歩兵師団と第9、第10機甲師団の一部の部隊がバストーニュからエヒテルナッハへ至る南翼を保持する、という状況でしょうか。
 そして上の第3機甲師団と第84師団が戦線の中央部へ投入されて防衛ラインが完成するといえるかもしれません。
 このあと12月23日になると天候が回復し、それにともない空陸両面で米軍は大増強されることになりますが、それについては次回見ていこうと思います。

Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その21) [ウォーゲーム]

 前回に続いてLast Blitzkriegの米軍増援部隊を見ていこうと思います。今回は第3ターン、12月18日に登場する米軍師団です。
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 まず、バストーニュでの戦闘で知られる第10機甲師団です。この師団は1944年秋に欧州に上陸し、11月のロレーヌでの戦闘が初陣だったようです。
 史料を見ていると、このころの米軍は部隊に経験が少なくても、時間をかけて訓練を施され、前線で一度でも実戦を経ていれば、かなり良好な戦闘能力を発揮するように感じます。
 アルデンヌの戦いでは、この師団は第101空挺師団とともにバストーニュで包囲されたわけですが、実際に包囲網内にいたのはCCBだけで、CCAとCCRは突出部南翼の保持およびその後の反撃に用いられたようです。
 本作のヒストリカルノートによると同師団はCCAが規模が大きく、CCRにはほとんど戦力がなかったとしていて、そのため上の画像でも、師団はCCAとCCBという2個の部隊に分かれています。
 また同じヒストリカルノートではバストーニュに立て籠もったCCBは配下の諸兵科連合編成を一般的な「タスクフォース」ではなく「チーム」と呼んでいたそうです。
 各ユニットのARは史実を反映して、ベテランでも新兵でもない平均的レベルを示している一方で、CCAの装甲TFは非常に大きなステップ数を有しています。
 なお、当時の米軍師団は「戦車3個大隊と機械化歩兵3個大隊」と以前に記載しましたが、実際にはこれに「砲兵3個大隊」も加わります。本作の米軍師団は潤沢な弾薬と通信の優勢を反映してか、ドイツ軍の師団よりも大きい4の砲撃力を有していますが、第10機甲師団はそのうち包囲圏内のCCBに1ポイントを割り当てています。
 登場エリアはCCBがバストーニュの南方、CCAはより東方のエヒテルナッハ方面となっています。また、この師団は12月下旬に前線から引き抜かれたので、ゲームでも12月27日にバストーニュのCCBを除いてゲームから取り除かれます。
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 上の第10機甲師団は南方の第3軍方面から送られる増援ですが、第30歩兵師団は前回ご紹介した第1歩兵師団同様、北方のアーヘン地区から投入された部隊です。
 編成は3個歩兵連隊に工兵、戦車、駆逐戦車各1個大隊、4砲撃ポイントと平均的な米軍師団ですが、戦車大隊を除いて完全戦力で登場するため、消耗している第1歩兵師団よりも強力だといえます。
 ただし、上の第10機甲師団もなのですが、司令部が1段階の疲労状態にされているため、登場ターンに積極的な攻撃作戦を行うのは難しいように思います。
 史実では同師団はパイパー戦闘団が通過した後のマルメディーとスタブローの間に割り込み、その進撃を停止させる重要な役割を演じました。「アイゼンハワーのSS」とあだ名されたというエピソードが残っています。
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 続いて第82および第101空挺師団。この2個師団についてはご紹介するまでもなく有名ですが、アルデンヌ攻勢の時期には2個師団ともオランダでの降下作戦からの損耗から回復するため、イギリスへは戻らずフランス国内で再編成を行っていました。
 そのため両師団が属する第17空挺軍団は、欧州派遣軍の総予備という位置づけにおかれており、それゆえにドイツ軍の攻勢が明らかになった段階で急遽投入されることとなった、ということのようです。
 TVシリーズ「バンドオブブラザース」第5話の後半で描かれているように、両師団の移動は灯火管制を解除して夜通し行われるという強行軍で、バルジを扱ったウォーゲームではこの特殊な移動をどう再現するかが問題となります。
 本作ではこの移動をそのまま再現するのではなく、両師団を指定されたいくつかの候補地から米軍プレーヤーが選んだ町にいきなり登場するようになっています。
 両師団とも編成はほぼ同一で、グライダー3個大隊と落下傘歩兵9個大隊、および工兵大隊となっており、装甲兵力がないかわりに兵力が厖大で、また落下傘歩兵には米軍最強ともいえるAR5が与えられています。
 一方、軽歩兵ゆえ砲兵と輸送車両の少なさを反映し、砲撃力は3と1少なく、司令部の指揮範囲も8と、平均的な歩兵師団より2減少しています。それでもドイツ軍歩兵師団の6よりは大きいのですけれど。
 このように兵力とARが高いが機動力が低い空挺師団は固定陣地の防御に威力を発揮するわけで、バストーニュの奮戦も理由のあることだ、という主張を感じます。
 また、特別ルールでは米軍機甲師団の各CCは他の部隊と一緒に配置しても「調整」「混交」「混線」といった異なる部隊が混じることによるさまざまな罰則が適用されません。よって第101師団はバストーニュにおいてCCB/10の装甲援護を得られるわけで、より強力になるわけです。

 こうしてみると、南北から第10機甲と第30歩兵、西から2個の空挺師団が投入される第3ターンは、米軍が戦線を形成する重要な瞬間だといえるかもしれません。また第2ターンの第7機甲師団と併せ、なぜ戦いが突出部となり、サン・ヴィトとバストーニュが結節点となったかもわかってくるような気もします。

Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その20) [ウォーゲーム]

 今回から何回かに分けてLast Blitzkriegの米軍増援部隊を見ていこうと思います。ドイツ軍のように兵科別にとも思ったのですが機甲師団も歩兵師団も米軍の増援は数がかなり多いので、登場順にしてみようかなと思います。
 厳密には第9機甲師団は第1ターンの増援ですし、第4歩兵師団など一部のユニットが増援に指定されている場合もありますが、これらはすでに紹介済みなので除外して、12月17日の増援から見ていくことにしました。
 まず登場する最初の増援は第1歩兵師団と第7機甲師団および第9歩兵師団の一部です。
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 第1歩兵師団「ビッグレッドワン」は第一次世界大戦にも参加したベテラン師団で、第二次世界大戦では、北アフリカ、シチリア、ノルマンディーと3回の上陸作戦を実施し、その後も秋にはアーヘン近郊で激戦を繰り広げ、バルジの戦いではそのアーヘン地区からアルデンヌに投入されました。
 編成は9個歩兵大隊と工兵大隊に、配属された独立戦車大隊までは通常どおりですが、駆逐戦車大隊が2個配属されています。さらに第634駆逐戦車大隊は、大隊長が率いる歩戦協同のタスクフォースが別ユニットとなっています。
 ちなみに2つある駆逐戦車大隊のうち装甲値3、射程2の大隊はM10、装甲値4で射程3の大隊はM36を装備していたそうです。
 米軍歩兵師団では戦車も駆逐戦車も等しくサポート専用で、集中運用はできないようになっています。
 この師団は登場エリアO、つまりスパの北方から戦場に現れます。各歩兵大隊はカウンターには6ステップと記載されていますが、直前の戦闘による損害から回復しておらず、ゲームには4ステップの状態で現れます。
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 同じ17日に登場するもうひとつの米軍師団が第7機甲師団です。この部隊はもともとアルデンヌ南北両方の戦線をいったりきたりさせられ、攻勢直前にロスハイム渓谷の間隙部を埋めるためにサン・ヴィトへ送られる途中だったようです。
 この師団はノルマンディー戦の末期にフランスに送られ、その後ロレーヌとオランダで戦闘を経験しました。
 米軍の43年型機甲師団は戦車3個大隊、歩兵3個大隊からなり、これらを組みあわせて3個のコンバットコマンドを形成していましたが、その内訳は師団毎にかなり異なっていたようです。
 またコンバットコマンドはその下に複数のタスクフォースを編成し、のTFが戦術の基本だったようです。
 上のユニットカウンターを見ると、兵科マークは戦車と歩兵各3個大隊ですが、部隊規模はTFとなっており、戦車も歩兵も装甲値と突撃アローを有するデュアルユニットです。黄色い戦車の兵科記号は重装甲を表すので、戦闘力に多少の差はありますが、米軍機甲師団はすべて諸兵科連合部隊であり、その柔軟性はかなり高いといえると思います。
 第7機甲師団は工兵以外はARも4(機甲師団は裏面のARも同じ)と優秀なので、しぶとい相手といえるかと思います。
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 もうひとつ、第2ターンの増援に第9歩兵師団があります。ただし、この師団はばらばらに投入されてくるため、17日に登場するのは第47連隊と戦車大隊および駆逐戦車大隊のみ、第39連隊と工兵大隊は19日、第60連隊に至っては23日まで登場しません。
 この師団はまず登場エリアPつまりマルメディとエルゼンボルンの北方から登場し、残りのユニットは登場ターンに司令部のいる位置に現れます。
 こちらも第1歩兵師団と同じく優秀な部隊ですが、やはり各大隊とも損害を回復しておらず、4ステップの状態で出現します。

 しかしこうしてみると第2ターンの増援はすべて北方から現れるわけで、ドイツ軍から見れば第6SS装甲軍には運が悪いという印象があります。
 もっとも、地図を見るとどのゲームでもたいてい、アルデンヌは南北を連絡する道路は比較的多いにも関わらず、東西を結ぶ幹線道路が少ない感じがします。これもドイツ軍の進撃と連合軍の防御を特徴づける要素のようにも思います。

 次回は12月18日の増援部隊を見ていきます。といっても17日の増援にはもうひとつベルギー軍の守備部隊があるのですが、それについては後日あらためて。

Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その19) [ウォーゲーム]

 前回までで、Last Blitzkriegに登場するドイツ軍の旅団規模以上の部隊はすべて見てきたわけですが、やはり小規模な部隊もいろいろ興味深いということで、米軍の増援部隊に進む前に、ドイツ軍の特定の司令部に属さない独立ユニット(一部例外あり)を見てみようと思います。

 まず、基本的にBCSはプレーシーケンスが旅団または師団といった部隊単位で行われるため、バルジの戦いを扱った他のウォーゲームと比較すると、いわゆる独立ユニットはあまり多くありません。
 ここで紹介するユニットもフォン・デア・ハイテ隊を除くと、単独では移動も戦闘も行えず、いずれかの部隊に配属せねばなりません。
 ゲーム中にこれらの独立ユニットの配属を変更することは可能ですが、そのためには異動させる司令部間を、その独立ユニットが通行可能でなければなりません。このとき距離は不問ですが、配属できるのは未配属のユニットだけ、というルールがあるため、異動の手順は配属解除>配属と2ターンが必要となります。
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 まずはかの有名なドイツ空軍の最後の落下傘降下作戦を実施した、フォン・デア・ハイテ降下猟兵戦隊。ドイツ軍の最初の降下作戦である1940年のオランダのときのように、戦線後方に降下して装甲部隊が通過する予定の橋梁を確保するという任務を帯びていたようですが、大戦末期ということで兵員もそれを輸送する搭乗員も未熟なうえに、冬の悪天候に影響されてただでさえ少ない部隊は四散、特に戦況に影響を及ぼすことなく壊滅してしまったようです。
 隊長のフォン・デア・ハイテというひとはドイツ降下猟兵のベテラン指揮官で、クレタ島をはじめ、北アフリカやノルマンディーでは大隊長や連隊長として名をはせました。
 本作では2個の中隊規模のユニットとして登場し、12月17日(第2ターン)にマルメディーの北方およそ10キロに位置するバラク・ミシェルの2ヘクス以内に出現します。ただし、司令部が「完了状態」で登場するため、降下したターンにはなにもできません。
 史実では米軍の北方からの増援部隊である第1、第30歩兵師団の一部を掃討戦のために足止めしたという効果があった、ということで、アルデンヌのゲームとしては比較的大きく扱っているといえるかもしれません。
 といっても各2ステップの2ユニットはAR2、砲兵の援護も装甲部隊もないので、ほんとに足止め程度にしかならないとは思います。
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 こちらはドイツ軍のその他の独立ユニット。最初の3個はグライフ作戦マーカーといって、米軍の軍服を着て英語を話すジープチームを表しています。本作ではグライフ作戦の影響は単に米軍に不必要な検問を強いることで全体的な作戦の遅延を招いた以外にはさしたる効果はなかったと断じています。
 それでも多少の誇張はあってもいいだろう、ということで、グライフマーカーを1個使用すると、米軍の橋梁破壊の判定成功率を下げることができ、2個使えば判定そのものを自動的に失敗させられる、というけっこう強力な能力が与えられています。
 このマーカーはただあと何回判定への修正を行えるかを示すだけなので、これが地図上を移動したりはしません。
 続いて独立装甲ユニットの一群を見ていきます。まず第506重戦車大隊と第653戦車猟兵大隊。前者はティーガーIIを装備した強力な独立戦車大隊で、AR5で4ステップ、装甲値6と強いのですが、登場するのは12月21日で、しかも2ステップを失った状態で現れます。
 ヒストリカルノートを見ると、同大隊はこの時期、1個中隊がティーガーIを装備していたとしています。
 本作ではティーガーの補充は他の装甲ユニットとは別枠なので、補充の使い方で悩むことになるかも。さらに特別ルールでは、ティーガーの機械的信頼性の低さを再現するルールがあって、毎ターン1/6の確率で1ステップを失います。
 さて、隣の第653戦車猟兵大隊はもともとフェルディナント/エレファント駆逐戦車を装備した部隊でしたが、アルデンヌ攻勢の前に一部の中隊がヤクトティーガーを受領し、この部隊がバルジの戦いに参加することになりました。
 ところが車両の輸送に困難をきたして、史実では主要な作戦には結局間に合わなかったとされています。本作では12月18日に1/3の確率で登場しますが、そうでなければ登場しません。
 駆逐戦車なので限定装甲値とはいえ数値は7とゲーム中最強、ARも5あるので登場できればそれなりに活躍するような気がします。
 2段目の左側に並んでいる2個のユニットはそれぞれシュトルム・ティーガーとブルムベアという突撃榴弾砲を装備したユニット。残りの装甲ユニット(黄色い兵科記号)は独立突撃砲旅団と独立戦車猟兵大隊です。突撃砲旅団はよく知られていますが、もともと大隊だったのが途中から名称変更されたもので、名称は旅団でも規模は大隊のままです。
 JgPzと記載された戦車猟兵はIV号駆逐戦車/70口径を装備、3段目左端の第741大隊はヘッツァー装備となっています。
 ヘッツァーはこの時期のドイツ軍歩兵師団に1個中隊ずつ配備され、頻繁に目にする車両ですが、チェコ製の38t戦車をベースとした車台(車幅が違うので、厳密には違う車両です)にIV号戦車と同じ75mm/48口径の対戦車砲を右側にオフセットして搭載しています。
 図面などをみると車内は相当狭く、取り回しも難しそうですが、車体が小さいというのは待ち伏せ攻撃にはそこそこ有効だったのではないかと思います。
 「88」と記載された最後の3ユニットは牽引式の対戦車砲または対空砲部隊で、いずれもティーガー戦車やヤクトパンターに搭載された8.8cmカノン砲を装備しているため88となっています。
 上の画像ですと移動力が12でARが3ということしかわかりませんが、裏側の展開サイドになると、arは同じく3ですが、装甲値5、射程3、移動力2となります。射程3はかなり強力な対装甲ZOCを形成できるので、歩兵と強力して上手に使えば米軍戦車部隊に対する足止めになるように思います。
 なお、より小さい口径の対空砲や対戦車砲は歩兵や偵察といった各ユニットに分散配備されているため、個別のユニットにはなっておりません。

 というわけでドイツ軍の独立ユニットは以上です。米軍はもっと少ないので、やはりBCSはフォーメーションを運用する師団/大隊レベルのウォーゲームであって、細かい兵科や装備の差を競う戦術レベルのウォーゲームとは少し違うのかもしれません。

 次回はいよいよ大量に登場する米軍の増援部隊を見ていこうと思います。

Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その18) [ウォーゲーム]

 Last Blitzkriegに登場するドイツ軍増援のなかには、地図上に配置される師団の一部後続ユニットも混じっておりますが、全部隊が増援として登場する歩兵師団は全部で4個です。
 そんなに少なかったかな? と思って調べてみるとSPIのBULGEやBattles for the ArdennesでもAHのBattle of the Bulge('81)でも4個師団でした。これらのなかにはもう1つ、340国民擲弾兵師団が含まれている場合もあるのですが、この師団が登場するのは年が明けてからなので、本作には含まれていません。
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 これらのなかで最初に登場するのは第79国民擲弾兵師団です。79という師団番号はなんかよく見かけた気がしましたが、SPIのArmy Group Southに含まれるKievとRostov、そして同じくSPIのBattle for Stalingradなどに登場する歴戦の師団でした。
 同師団は1939年3月に動員され、ポーランド戦には不参加、フランス戦ではマジノ線方面のC軍集団に所属、独ソ戦では上述の通り南方軍集団に所属し、1942年のスターリングラードを巡る戦いで赤い10月トラクター工場での戦闘に加わった後、包囲されて降伏。
 師団はすぐにロストフで再編成され、ノヴォロシスクからクバン橋頭堡地区で戦闘し、その後ウクライナでの後退戦を他隊、翌44年の夏にルーマニアで壊滅。秋に第586国民擲弾兵師団を改称して再度復活し、総司令部予備となっていました。
 アルデンヌ攻勢では第7軍に編入され、ディーキルヒ戦区で米第80歩兵師団と交戦したそうです。
 師団は輸送車両が不足していたうえ、対空砲や対戦車砲を一切有しておらず、駆逐戦車も配備が間に合わないという状況で、おそらく火力的にはかなり不備があったと思われます。これを反映して本作でも歩兵6個大隊と工兵大隊があるだけという、地味な部隊となっています。
 興味深いのは、師団名を変更する際にちゃんと連隊名も過去の師団の名称を継承しているところで、このあたりがドイツ的マメさなのか、欧州の軍隊における連隊の伝統の重要性ゆえなのかは、私にはわかりません。
 第79師団は本作では史実どおり、12月21日の増援として登場します。
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 次の登場する増援は第167および第246国民擲弾兵師団です。このうち167VGは79VGと同じく総司令部予備、246VGは第6SS装甲軍の北側に布陣していた第15軍配下の第LXXXI(81)軍団に所属していました。
 両師団とも12月25日の増援として登場しますが、出現場所は167VGは中央の第5装甲軍戦区、246VGは最北の第6SS装甲軍戦区となっています。これは167VGがバストーニュ、246VGは戦線北部の防御戦に投入されたことを反映しているのだと思います。
 167VGは第17空軍野戦師団をベースに編成された部隊だそうですが、ロシア戦線で壊滅した元の師団の基幹要因が多く含まれていたことを反映してか、工兵を含む全ユニットが展開サイドのAR3という評価になっています。
 一方の246VGも同じような再編成部隊ですが、自転車装備のフュージリア大隊を有しているものの、それも含めてARは低めで砲兵も2ポイントしかなく、167VGよりは低い評価です。これは167VGが編成されたばかりなのに対して、246VGは第15軍戦区ですでにかなりの消耗を強いられた後だということが影響しているのかもしれません。
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 そしてもうひとつ、上記2個師団と同様に25日と26日の増援として登場するのが第9国民擲弾兵師団です。他のゲームではもう少し遅い時期に登場する場合が多いのですが、本作では1日遅れ程度で戦場に現れます。登場場所は79VGと同じく第7軍戦区です。
 バルジの戦いに参加した歩兵師団としてはもっとも古い番号を有するこの部隊は167VGと同じく総司令部予備となっていた部隊で、砲兵1個大隊が欠、一部の歩兵大隊が自転車装備という編成だったようです。
 編成は1934年と古く、1939年8月に戦時動員され、第二次世界大戦の全期間を通じて前線にあり、やはり1944年の秋にウクライナで壊滅。第584国民擲弾兵師団を期間として再編成されました。
 第36連隊の第I大隊が自転車装備となっていますが、手元の史料を見ると、編成表上もこの部隊は自転車大隊とされていたようです。

 さて、これで突撃砲などの独立部隊とハイテの落下傘部隊を除けば、ドイツ軍ユニットカウンターをほぼ紹介したことになります。次回はこれらの独立ユニットを紹介するか、それとも米軍の増援部隊へ進むか、検討中です。
 それにしても、アルデンヌのドイツ軍戦闘序列をみる度に「1944年の夏から秋に東部戦線で壊滅し、攻勢直前に別の部隊を名称変更して再編成」という部隊がいかに多いかと驚きます。
 独ソ戦自体が未曾有の大規模な戦争だったのはもちろんですが、そこで行われた戦闘と消耗がドイツ陸軍の人的および物質的資源に及ぼした損害の大きさはちょっと想像を超えていて、これをちゃんと把握するのはなかなか大変だと感じた次第です。

追記:9VGの登場時期ですが、HJのThe Last Gambleでも、25~26日になっていました。同じデザイナーの作品でも戦闘序列が異なることがあるのも興味深いです。

Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その17) [ウォーゲーム]

 前回の装甲旅団に続いて、Last Blitzkriegのドイツ軍増援部隊、今回は装甲擲弾兵師団です。
 装甲擲弾兵(Panzergrenadier)というのはドイツ軍に興味がある人以外には耳慣れない単語と思いますが、はやい話が自動車化歩兵(英語ではmotorized Infantory)のことです。
 自動車化歩兵には非装甲のトラックや乗用車にのって戦場へ移動し、戦闘中は普通の歩兵として戦う部隊(motorized infantry)と、装甲を施した兵員輸送車に搭乗し、戦闘中も乗車したり、あるいは随伴して共に戦う部隊(mechanized またはarmored infantry)とがありました。
 大戦後期の米軍では歩兵師団の兵士が前者、機甲師団の歩兵が後者であることが多いのですが、自動車両が少ないドイツ軍では装甲師団でも3/4は前者でした。ドイツ軍にはこれらを厳密に区別する語はないのですが、ウォーゲームや戦史解説書などでは、便宜上、装甲兵員輸送車を装備する部隊だけを「装甲擲弾兵」と呼ぶこともあるようです。
 第二次世界大戦中のドイツ陸軍および武装SSでは、自動車化歩兵はInfantrie(mot)またはshutzeと呼ばれていました。しかしスターリングラード戦が終わった1943年の春ごろ、歩兵(Infantrie)を擲弾兵(grenadier)と名称変更するのに伴い、装甲師団の自動車化歩兵(Panzerschutze)が装甲擲弾兵(Panzergrenadier)に変更されました。
 このとき装甲師団に所属するのではない自動車化歩兵師団(Infantrie Division(mot))の歩兵Infantorie(mot)も、部隊名が装甲擲弾兵師団に変更された時点でgrenadier(mot)と改称され、その後Panzergrenadierに統一されたようです。
 装甲擲弾兵師団にはその後、戦車大隊が付属するようになり、単なる自動車化した歩兵師団からプチ装甲師団のような編成へと変化していきました。
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 最初の部隊は第3装甲擲弾兵師団です。この部隊はもともと第3歩兵師団(自動車化)という名称で1940年10月に編成されました。前身は第3歩兵師団で、1個連隊を第123歩兵師団へ抽出し、2個連隊で編成されました。
 実は、最初に編成された第2歩兵師団(自動車化)は通常の歩兵師団と同じ3個連隊編成だったのですが、どうも車両数が厖大すぎるということになったらしく、ポーランド戦後に2個連隊編成に改められました。
 第3歩兵師団(自動車化)はスターリングラードで包囲され壊滅。3月に第386歩兵師団から再編成され、6月に第3装甲擲弾兵となりました。戦車大隊が加わったのは3月の再編成時なので、戦車が配属されたから装甲擲弾兵師団と呼ばれるようになった、というわけではなさそうです。
 この師団は1943~44年の夏までイタリア戦線で戦い、その後メッツ>アーヘンと移動してアルデンヌ攻勢開始時には同地区で予備となっていました。その後、第6SS装甲軍を増強するために戦闘に投入されましたが、このころには装備は不足、兵員も未熟な2級部隊になっていたようです。
 戦車大隊の装備車両はIII号突撃砲で、戦車猟兵大隊はIV号駆逐戦車、つまりこの師団には回転砲塔を装備した「本当の」戦車は1両もいなかったことになります。
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 次に紹介する第15装甲擲弾兵師団は、上の第3装甲擲弾兵師団が初期の自動車化歩兵師団から続く歴戦の部隊であるのに対して、ちょっと特殊な由来を持つ師団です。
 この師団の前身はロンメル将軍のアフリカ軍団に属していた第15装甲師団で、この部隊は、相方の第21装甲師団とともに1943年の春チュニジアで壊滅しました。
 第21装甲師団のほうはフランスに配備されていた訓練部隊である「西方装甲師団」に名称を引き継いで存続しましたが、第15装甲師団のほうは7月1日に「シチリア装甲擲弾兵師団」をベースに再編成されたものの、装備する戦車が足りなかったのか2週間後には第15装甲擲弾兵師団に改名されてしまいました。師団の砲兵や砲兵の連隊名は装甲師団当時の名称を引き継いでいます。
 この師団もイタリア戦線での戦いの後、1944年の秋にロレーヌ、そしてアーヘンで戦闘し、アルデンヌ攻勢では戦いの後半にバストーニュを巡る包囲戦に投入されました。
 ヒストリカルノートによると、史料ではこの師団の第115装甲捜索大隊に関する1944~45年ごろの記述が見当たらないとのことで、本作でも捜索大隊のユニットがありません。
 一方戦車大隊には突撃砲で増強されてはいたもののちゃんとIV号戦車を装備していました。もっとも戦車猟兵大隊にも、IV号駆逐戦車だけでなく突撃砲も配備されていたようですが。
 この師団は全体的になかなか優秀な部隊として評価されているのではないかと思います。アフリカ戦線に興味がある人は104、115、33といった部隊名の響きに感慨があるかもしれないですね。

 次回は増援で登場する歩兵師団を見ていこうと思います。

Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その16) [ウォーゲーム]

 1944年12月のドイツ軍によるアルデンヌ攻勢を扱ったBatallion Combat Series第1作、Last Blitzkriegのユニットカウンターを長々と紹介しておりまが、今回は前回のドイツ軍装甲師団に続き、同じく作戦開始後の増援部隊として登場するドイツ軍の独立装甲旅団を見ていこうと思います。

 独立装甲旅団というのは大戦後半の1944年ごろに、どういう意図でか編成されるようになった戦闘部隊で、戦車大隊1個と装甲擲弾兵連隊1個に砲兵など若干の支援兵力を加えた、装甲師団の1個戦闘団に近い戦闘力を有していました。
 しかし、こうした独立旅団を完全に新規に編成したため、部隊も指揮官も訓練不足、さまざまな既存部隊がかき集められた配下の各部隊は連携もうまく行えず、本来であれば装甲師団の補充に投入されるはずの装甲車両と搭乗員を無駄に浪費した、と批判されてしまいました。
 この独立装甲旅団が、どういう意図で創設されたのかはよく知りませんので、小規模の装甲部隊を増やして頭数を揃え、敵軍情報部を攪乱するためなのか、固定編成の戦闘団に似たものを用意しておいて、機動防御や火消し部隊として迅速機敏に活用しようとしたのかはわかりません。
 いずれにしても、部隊間の連携訓練も行い、戦闘経験も豊富な既存の装甲師団の戦力を低下させる要因になったことだけは確かだと思います。
 独立装甲旅団は1944年の秋にマーケット=ガーデン作戦中のフェーヘル近郊や、同時期のロレーヌ戦線のアラクールの戦いなどに投入され惨敗を喫したりしていますが、アルデンヌ攻勢にも3個の部隊が投入されました。
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 最初の1つはちょっと特殊な第150装甲旅団です。この部隊は「トロイの木馬」作戦と名づけられた欺瞞部隊で、英語をしゃべれる兵士を集め、これにアメリカ製の鹵獲車両や、米軍駆逐戦車に偽装したパンターやIII号突撃砲を与えて、米軍の振りをして敵戦線の後方に浸透する、という意図で作られた部隊でした。
 しかし、司令官のスコルツェニー大佐はこれは使い物にならないと早々に見切りをつけ、通常の装甲旅団として戦闘に参加したようです。
 M10駆逐戦車になりすましたパンターや、なんだかよくわからないとりあえず緑に塗って星を描いたIII壕突撃砲の写真が残されています。
 この部隊は史実では総兵力が2,500、装甲擲弾兵中隊だと降下猟兵大隊だと「第200戦隊」だのといった雑多な部隊の混成なのですが、ゲームではX、Y、Zの3個戦闘団のカウンターで表されています。
 各戦闘団はいずれも6ステップの自動車化歩兵ですが、XとYの2個は装甲値を有するデュアルユニットになっています。装甲車両は実質的には数量の鹵獲シャーマンと偽装パンターくらいしかいないので、これらはおそらくX戦闘団の数値に反映されていると思われます。パンターであれば射程2が普通ですが、車両数の少なさかそこは省略されているようです。
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 2番目に紹介するのは「総統護衛旅団」と呼ばれた装甲旅団です。バルジの戦いを扱ったあらゆるウォーゲームに貴重な序盤の増援兵力として登場するので、この部隊名をご存じの方は多いと思います。
 その名の通りヒトラーの身辺護衛部隊をベースにしているようですが、それならばやはりボディーガードが基になった武装SSのLAHや、陸軍の「大ドイツ」師団とはなにが違うのでしょうか。
 手元の資料では、この部隊のもとになった護衛部隊とは、1939年に編成された総統護衛大隊で、ロシア戦役開始後は東プロイセンのラステンブルクに配備され、戦闘経験を積むために前線に送られた、と書かれています。
 大隊は1944年5月に連隊となり、11月に旅団となったそうです。編成は戦車連隊1個、装甲擲弾兵連隊3個でしたが、うち1個は自転車装備、戦車連隊も数が足りず、第I大隊が上述のGD師団から借り受けたパンター大隊で、第II大隊は独立突撃砲旅団だったようです。余談ですが、昔ホビージャパン誌に連載されていた「パンツァーフォー」という小林源文さんのコミックでは、主人公がこの戦車第I大隊に所属してアルデンヌ攻勢に参加していました。
 ゲームにユニットカウンターは上記の編成を比較的忠実に再現しているようです。自転車装備の第828大隊のARが1なのは、おそらくこの部隊が他の歩兵大隊の補充プールとして用いられたことを再現しているのではないでしょうか。
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 続いて総統護衛旅団の姉妹部隊ともいうべき総統擲弾兵旅団です。本作では総統護衛旅団が12月18日、こちらの総統擲弾兵旅団は翌19日の増援として登場します。
 編成はほぼ同じですが、擲弾兵大隊の名称が片方がフュージリア、もう一方がグレナディアとされているのが、ナポレオンの親衛隊みたいでなんだか古風です。なお、こちらの自転車大隊の人員は郷土防衛隊の壮年兵士だったそうです。

 これまでプレーしてきたバルジを扱ったウォーゲームにおいて、個人的に総統護衛旅団は頻繁に触れた記憶がある一方、総統擲弾兵旅団は動かした記憶に乏しく、ほんとに1日違いで登場する部隊だったかな? と疑問に思ったのでちょっと調べてみました。

 1965年のAHの「Battle of the Bulge」では「護衛」は17日の増援として登場しますが「擲弾兵」はそもそも出てきません。
 改訂版である同社の1981年版同名作品では「護衛」は18日午前の増援、「擲弾兵」は22日午前の増援とけっこう間が空きます。
 SPIの「Battles for the Ardennes」では「護衛」の登場は19日午前、「擲弾兵」は22日午後とさらに遅くなります。
 同じSPIのカプセルゲーム「BULGE」でも「護衛」は19日、「擲弾兵」は22日の増援です。

 こうした作品に比較して本作での登場時期が早い理由はなんでしょう。ヒストリカルノートには具体的な記述がないので、これは新たな資料の発見などによって戦闘参加の時期に変更があったのか、それともシステム上、登場を早めると、戦闘参加のタイミングがちょうど史実どおりになるのか、調べてみる必要があるかもしれません。
 蛇足ですが、上のSPIの2ゲームでは「護衛」「擲弾兵」とも武装SSのカラーになっているのが興味深かったです。

 次回はやはり増援として登場する装甲擲弾兵師団を見ていこうと思います。

Last Blitzkrieg(BCS)のユニットカウンター紹介(その15) [ウォーゲーム]

 前回の武装SS2個師団に続いて、Last Blitzkriegに増援部隊として登場する陸軍の装甲師団2個を見ていこうと思います。
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 最初は第9装甲師団。第2次大戦の開戦時には第4軽快師団というちょっと変わった部隊でした。軽快師団というのはいわば機甲騎兵師団のようなもので、その編成目的はよくわからないのですが、意図としては「装甲科」として独立した戦車、歩兵科である自動車化歩兵に対し、騎兵も「うちらにも機械化部隊クレろ」という動きがあったのかもしれません。
 このたりは砲兵科が「うちにも戦車クレクレ」とごねて突撃砲開発、みたいな流れとちょっと似ているかも。
 で第4軽快師団はあんまし使えなくね? というわけでポーランド戦後に戦車を追加して無事装甲師団になりました。なので第1~5装甲師団は戦車旅団司令部を有し、2個戦車連隊4個大隊編成でしたが、元軽快師団の第6~9装甲師団は戦車大隊が2~3個しかありませんでした。
 といってもその後、ドイツ軍の装甲師団は2個戦車大隊が標準となり、こうした差はなくなっていきましたけれど。
 第9装甲師団は1941年にはバルカン作戦、そして南方軍集団に加わりバルバロッサ作戦に参加、キエフ包囲戦後に中央軍集団に異動してモスクワ攻略戦に参加し、その後もクルスク戦あたりまでずっとオリョル戦区に配備されていたようです。
 1944年に南仏へ移動し、ノルマンディー作戦を経てドイツへ撤退し、アルデンヌ攻勢に至ります。
 バルジでは、突破後の浸透戦力に指定されていましたが、突破の可能性がなくなったため、クリスマスごろに第5装甲軍の戦区に投入されたみたいです。
 この師団はIV号戦車28両とパンター47両を装備していたそうですが、おもしろいのがこの時期には通常はパンターが第I大隊なのですが、この師団はパンターは第II大隊となっています。また、第301無線操縦重戦車大隊というラジコン操縦の対戦車爆薬となぜかティーガーIを装備した独立部隊が編入されていました。
 第9装甲師団はゲームでは12月22日(第7ターン)に登場、ただし戦争に間に合ったかどうかが疑わしいFKL大隊だけは12月29日に登場が指定されています。
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 さて、こちらは実際にはアルデンヌの戦いには参加しなかった第11装甲師団です。ゲームでは12月20日(第5ターン)にドイツ軍プレーヤーがサイコロを1個振り、出目が6ならば登場、そうでなければ出てきません。
 史実では、この師団はアルザス方面のG軍集団に所属していて、アルデンヌ攻勢に備えて異動するはずが、かつてこの師団を率いた経験のあるG軍集団司令官バルク将軍が、なんやかやとごねて手放さなかった、というようなことがヒストリカルノートに記載されています。
 第11装甲師団は1941年編成され、所属する第15戦車連隊はもともと第5装甲師団のもとで1940年のフランス戦を経験しています。
 師団の初陣はバルカン作戦で、その後、やはりバルカン作戦に参加した第9装甲師団同様、南方軍集団配下でバルバロッサ作戦に参加、翌年のスターリングラード戦では第XLVIII(48)装甲軍団に所属し、チル川の防衛戦を戦ったことで有名です。
 1944年に南仏に移動し、その後はずっと西部戦線で作戦を続けた点も第9装甲師団と似ていますが、上のユニットカウンターを見ると、特に変わった部隊が編入されているということもなく、戦車大隊2個、装甲擲弾兵大隊4個、捜索、戦車猟兵、工兵各1個大隊という標準的な編成です。
 装備はパンター56両とIV号39両だったそうで、この時期としてはなかなか充実しているように思います。

 こうした情報は、詳しい方であれば周知のことだとは思いますが、備忘録的に記述していますので、あー、そういえばそうだったね、と思い出すきっかけにしていただければ幸いです。

 次回はやはり増援部隊として登場する装甲旅団、以降、装甲擲弾兵、国民擲弾兵の順に見ていこうと思っています。

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